19世紀以降
ルネ・モーリス・ガットフォセ(1881~1950年)
フランス人香料化学者のガットフォセは、1930年ごろに「アロマテラピー」(「アロマ」(芳香)と「テラピー」(療法))という造語を作ったことで有名です。
ジャンバルネ博士、マルグリット・モーリーと合わせ、3人の「近代アロマテラピー建設者」と称されることもあります。 写真 CC表示 3.0
ガットフォセは香料会社の研究主任で調香師の仕事をしていたのですが、1910年6月に作業室での実験中に大爆発事故が発生し、上半身火だるまになって大火傷を負ってしまいました。
その治療の過程でラベンダー精油を使用したところ著しい効果を上げたことから、香りのある精油の治療的効果に注目し研究を続け、1936年に『la physiologie estethique et les produits de beaute』(容貌の美学と化粧品)、翌1937年には最も有名な著書『Aromatherapie』(芳香療法)と『Essentielle Antiseptique』(殺菌精油)を著しています。
▼高山林太郎が語るアロマテラピーヒストリー(無料Podcast)
ジャン・バルネ(1920~1995年)
ジャン・バルネはフランスの軍医で、第二次世界大戦のドイツ戦線に軍医として従軍、その後のインドシナ戦争ではトンキンに滞在して、前線から送られてくる負傷者たちに精油を使った薬剤を用いて治療を行いました。
フランスから持ち込んだラベンダーやオーストラリアから送られたティートゥリーなどの精油を負傷兵に対して使用していたと言われています。 写真 CC表示-継承 3.0
1959年に軍を去ったバルネは、パリのクレベール・アベニューで外科医院を開業、精油やエッセンシャルオイルの研究をさらに進め、1964年に『AROMATHERAPIE』を著しました。
アロマテラピーが非科学的に扱われることがあったなかで、バルネの活動によって「科学的」に精油を扱う人々が増えていくことになります。
▼週刊 ジャン・バルネ 博士の芳香療法(無料Podcast)
マルグリット・モーリー(Mrguerite Maury 1895~1968年)
オーストリアのウィーン生まれの生化学者で、インドや中国、チベットの伝統的な医学や哲学を研究し、精油を植物油で希釈したトリートメントオイルを使ってマッサージするという方法を示しました。
この方法は、内服を中心に薬理個作用を重視したアロマテラピーとは対照的に、個別の処方によって精神と肉体のバランスを正常化するという方法論を提示しており、1961年にはこの研究成果を著した『ル・キャピタル…ジュネシス(Le capital ‘Jeunesse’)最も大切なもの…若さ(the Secret of Life and Youth)』を出版し、美容の国際的な賞である「シデスコ賞」を受賞しています。
この書籍が英訳されるとイギリスのアロマテラピーに大きな影響を与え、のちにホリスティック・アロマテラピーと呼ばれるようになりましたが、実際にはエステによるマッサージと組み合わせたエステティックアロマテラピーとも言うべきものでした。
※ホリスティック
「全体的」、「包括的」という意味で、体に起こったトラブルをその部分だけの問題と捉えず、心を含めた全体的なものとしてアプローチすることを言います。
アロマテラピースクール(1960年代~1980年代)
1960年代から1980年代にかけ、シャーリー・プライス(Shirley Price)やロバート・ティスランド(Robert Tisserand)たちはアロマテラピースクールを開設し多くの専門家たちを育てました。
そして、その卒業生たちが、美容サロンや医療現場、福祉施設、カウンセリングなどアロマテラピーの多彩な展開と大衆化を実現していきます。
鳥居鎮夫(とりい しずお 1924~2012年)
日本では、香りの心理効果についての有名な研究に東方大学名誉教授の鳥居鎮夫博士(社団法人日本アロマ環境協会名誉会長)によるものがあります。
鳥居博士は、随伴性陰性変動(CNV波)と呼ばれる特殊な脳波を用いて、ラベンダーやジャスミン、レモンの香りの鎮静作用や興奮作用を実証し、1986年にイギリスで開催されたシンポジウムでその結果を発表しました。
代表的な書籍に、『睡眠の科学』や『香りの謎』、『アロマテラピーの科学』があります。
アロマテラピーについては、定義が時代や国によって意味が異なると主張、「精油という芳香物質を使った療法」を、「香りを嗅ぐことによって病気を治す療法」を意味するアロマテラピー(芳香療法)と呼ぶのはおかしいが、おそらく香料の専門家であったガットフォセは、薬用植物の中で特に芳香性植物から抽出した精油の効能を取り扱うことを強調したのであろう、と述べています。
日本アロマテラピー協会(にほんあろまてらぴーきょうかい 1996年~)
日本におけるアロマテラピーは、当初イギリスのアロマセラピストの著書の翻訳本を中心に紹介されていましたが、やがて国内にも本格的なアロマテラピー・スクールが都市部を中心に誕生するようになります。
その後、1996年4月にアロマテラピーの健全な発展と普及啓発を図ることを目的に、アロマテラピー関連業界の融資が発起人となって、中立の非営利団体「日本アロマテラピー協会(AAJ)」が設立されました。
日本アロマテラピー協会は、「アロマテラピーの定義」を定めて、アロマテラピー検定をはじめとする各種資格認定制度を創設するなど、様々な活動を通じて日本におけるアロマテラピーの普及に努めていきました。
その結果、今では日本最大規模の会員数を誇るアロマテラピー団体に発展、国際的にも有数のアロマテラピー団体の1つとして知られるようになっています。
その後、組織がさらに大きくなったため、2005年4月に日本アロマテラピー協会を母体として環境省所轄の「社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)」を設立、2012年4月には内閣府の認定を受け「公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)」として新たなスタートを切りました。